
天には天のやさしさがあり
エルキュメリアンという、紺碧のヴェールに包まれた、もうひとつの世界とも呼ばれているそこへ住まう者。
人々は海の世界に住まう者達をこう呼んだ。
海の支配者、厄災や死の象徴、天を墜とす獣。そしてそれらが、幻獣種──だと。
人々から恐れられ、果てには嫌われてしまっている彼らはその日もなんてことない一日を過ごすはず……ではあったのだ。
しん、とした海の世界。寂しい色でもあり、孤独の色でもある世界の中、ふたりの幻獣種がそこにはいた。
名はノエルメイア。白の礼服を纏った彼はエルキュメリアンの番人を任されている。
そして、もうひとりは。
「……ネヴァーレン。貴殿はどうして此処にいる? 客人がネヴァーレンのところに来るのか?」
「いいや、そうじゃない。でもなんとなくわかるんだよ。……“異世界から誰か来る”ことを」
「それは、“大賢者の予言”か?」
ネヴァーレンと呼ばれた男は首を横に振る。そんな簡単に大賢者の予言を使えてたまるか、と言いたげだ。
ノエルメイアも自分で言っててそれはそうだな、と思っていたところだ。何故言った。
人間にとっては昔のはなしで、幻獣種にとっては最近のはなしのことだ。
具体的に言うなら、数百年前。
まだネヴァーレン、そしてその幼馴染ふたりが幼かったころの話だ。
幼きネヴァーレン。その日まではごく普通の、ただの子供、であった。その日までは、ごく普通で。
幼馴染のひとりであるオルティレイスは家族にこう話した。ネヴァーレンが怖いことを言っていた、と。
幼馴染のひとりであるルカレオスは家族にこう話した。ネヴァーレンが喋ってたけどまた喋れなくなった、と。
──それを聞いた家族はどう思ったのか。もう今の彼らには知る由はない。
しかし、成長した今、皆これだけは理解してしまっている。
……家族はネヴァーレンを、ネヴァーレンの友人であるふたりを守るために、あえて“殺される運命を受け入れたのだ”と。
それからはネヴァーレン達は、まるで禁句のようにその話はしなくなってしまっていたもので。
ノエルメイアは、それを知る数少ない幻獣種、ではあるのだが。デリカシーがないのかはたまたは何も考えていないのか、ネヴァーレンにもわからない。
そんな、ことをぼんやりとネヴァーレンは考えていた時だ。
「……? メイア、何見てるの。険しい顔してるけど」
「あそこに誰か、いる。恐らく貴殿が言っていた異世界からの来客で間違いない」
「……え、何処。姿、見えないんだけど……」
警戒の体勢をネヴァーレンはとる。ノエルメイアの方にいるごまちゃんとしろちゃんも見えない何かをじ、と見ている。
武器でもとった方がいいか、と思った矢先であった。
「……武器は取らない方がいい。彼はこちらに対し敵意がない」
ノエルメイアはそう、耳打ちしたのだ。
普段は気に食わないが、ノエルメイアはやけに勘がいい時がある。そこはネヴァーレンも認めている。
ので、武器は取らないことにする。しかし、姿が見えないとなると、こちらも不安にもなるものであって。
その時だ。その声は、確かにノエルメイアにも、そしてネヴァーレンにも聞こえた、優しい声だった。
『我が名はリプトライト・スタン! また会おうぞ、海の友よ!』
それを聞いたネヴァーレンの顔と言ったら、面白かったと後にノエルメイアは語る。
理解不能という顔が続き、そして沈黙。そうした後に、一番に沈黙を破ったのもネヴァーレンだ。
「……ふ、はは。え、警戒心なさすぎ、普通僕らに対してそんな堂々と名乗ることある? はは、ふはは」
「ふ、それは同感だな。特に異世界では警戒心というものを持った方がいいが……彼は純粋らしいな」
「あはは、はは……あーでも、案外悪くなかったな。海の友って言われるの。……会えるかな、リプトライトって奴」
「貴殿も些か警戒を解くのが早いのではないか?」
ノエルメイアの言葉に、ネヴァーレンは肘でこつん、と抗議してみせた。
なんとなく、少しは人のことを信頼してもいいかなと思えた、そんな優しい声。
嫌われ者の彼らが少しは希望を持っていいかな、なんて思うのはきっと、もう少し先の話、だったりなんて。
その日の海は、穏やかな色をしていたような、そんな気がすると幻獣種達は言うのだ。